社会福祉法人の合併の特徴と留意事項
2 つ以上の法人が、契約によって 1 つの法人に統合することを合併といいます。社会福祉法に規定されている合併は、社会福祉法人間のみで認められています。
社会福祉法上、吸収合併と新設合併の規定があり、社会福祉法人が合併する場合には、吸収合併と新設合併のどちらかを選択することになります。
なお、社会福祉法人において、社会福祉事業の剰余金は一定の条件のもと法人本部会計又は公益事業に充てることができますが、法人外への対価性のない支出は認められていません。また、社会福祉法人は持分がないため、一般事業会社の合併のような、合併契約に基づき又は先立つ、合併の相手法人へ金銭を支払う行為や経済的利益を与える行為は想定されていないことに留意が必要です。
社会福祉法人の合併の場合、所轄庁より合併認可を受ける必要があります。このため、合併申請を行うにあたっては、事前に所轄庁へ合併の趣旨目的や背景事情などを説明し、合併申請の方法、疑問点などを適宜相談することが必要となります。
合併により雇用契約及び労働条件は承継されますが、合併後に労働条件が大きく変更になる場合や、職員にとって不利益となる変更を伴う場合では、変更内容や代替措置を含めて書面で説明し、職員の同意を得る必要があります。
合併によって消滅する法人の利用者については、経営主体が変更になるため、合併前に、利用者や利用者家族への説明を行います。
合併により、利用者契約は承継されますが、合併後にサービス内容や利用料金の変更が生じる場合には、あらかじめ十分に説明した上で利用者の同意のもと、利用契約の再締結の手続(例:高齢者施設における入所契約及び重要事項説明書等)を実施することが必要となります。
合併における手続の全体像
1.法人間調整(合意形成・契約) | ① 合意形成 ② 役員等の検討 ③ 合併契約書の作成 |
2.法令手続(行政との調整) | ④ 事前開示 ⑤ 評議員会の承認 ⑥ 所轄庁の認可 ⑦ 債権者保護手続 ⑧ 合併登記 ⑨ 事後開示 ⑩ 会計・税務処理 |
3.関係者等調整(職員や利用者等との調整) | ⑪ 職員の処遇の検討及び説明 ⑫ 利用者や利用者家族、地域への説明 |
4.合併後の法人内運営のための手続 | ⑬ 規程・システムなどの整備 |
1.法人間調整(合意形成・契約)
① 合意形成
(1) 秘密保持契約(NDA)の締結
合併に向けた事前協議を進めるにあたって、秘密保持契約(NDA)を結ぶことが一般的です。
秘密保持契約(NDA)を結ぶことにより、法人の内部情報を部分的に共有すること、および合併に向けた事前協議を進めることとなるため、理事会の承認または報告が行うことが一般的です。
(2) 事前協議
合併に向けた協議の下準備として事前協議を行います。合併の目的や合併後の理念、合併後の事業の存続・撤退、役員選任のあり方、職員処遇のあり方、その他互いの法人の要望などを十分にすり合わせておくことが望まれます。
合併の大前提となる事項については、事前協議の段階にて、十分に合意形成を図っておくことが重要です。
(3) 基本合意
合併契約の締結までに、様々な事項を法人間にて協議・調整を図ります。合併に向けた調整作業が円滑に進められるよう、合併条件の大枠を書面で記録し、その上で詳細を協議するようにすれば、効率的に作業を進められることが期待されます。
合併に関する基本的な合意が得られた場合、例えば吸収される法人の事業を存続するか否かなど事前協議で合意された事項(合併の目的や合併後の理念、合併後の事業の存続・撤退、役員選任のあり方、職員処遇のあり方、その他互いの法人の要望など)について、整理できた場合は、基本合意書として締結しておくことが望まれます。
② 役員等の検討
(1)評議員、理事、監事、会計監査人の検討
合併後の評議員、理事・監事について検討をします。定員数を変更する場合は、定款を変更する必要があるため、注意が必要となります。
また、合併後の決算において事業活動計算書におけるサービス活動収益が 30 億円を超える、または貸借対照表における負債が 60 憶円を超える場合は、次の会計年度から特定社会福祉法人となります。特定社会福祉法人には、会計監査人の設置が義務付けられますので、設置に向けた準備も必要になります。
③ 合併契約書の作成
(1) 合併契約書の作成
合併をする社会福祉法人は、合併契約を締結しなければなりません(社会福祉法第48条)。合併契約書を作成し、双方の法人間で契約内容を検討します。各法人内の理事会にて合併契約(案)の承認を行います。これらの決議は議事録として記録を残すことが必要です。
吸収合併契約において、吸収する社会福祉法人(「吸収合併存続社会福祉法人」)と吸収される社会福祉法人(「吸収合併消滅社会福祉法人」)の名称及び住所その他厚生労働省令で定める事項(吸収合併がその効力を生ずる日、職員の処遇)を定めなければなりません(社会福祉法第49条、社会福祉法施行規則5の11)
(2) 合併契約の締結
合併内容について完全に合意したら、合併契約の手続きに移行します。評議員会の決議が必要なため、評議員会の招集を行います。
社会福祉法人が合併するには、評議員会の決議により、合併契約の承認が必要になります(社会福祉法第52条、第54条の2)。これらの決議は議事録として記録を残すことが必要です。
吸収する社会福祉法人は、吸収される社会福祉法人の一切の権利義務を承継する(社会福祉法第50条)ことから、消滅法人の清算手続きを経る必要はありません。なお、登記については下記に記載しているとおり、変更及び解散の登記が必要となります。
2.法令手続(行政との調整)
④ 事前開示
(1) 吸収合併消滅社会福祉法人の事前開示事項
吸収合併により消滅する法人は、「吸収合併消滅社会福祉法人の事前開示事項」を作成し、又は記録した書面又は電磁的記録をその主たる事務所に備え置きます(社会福祉法施行規則第6条の2)。
- 吸収合併契約の内容
- 吸収合併存続社会福祉法人に関する事項(定款、監査報告等、後発事象)
- 吸収合併消滅社会福祉法人に関する事項(後発事業、貸借対照表)
- 債務の履行の見込み
- 評議員会の日の2週間前の日後の上記事項の変更内容
(2) 吸収合併存続社会福祉法人の事前開示事項
吸収合併により存続する法人は、「吸収合併存続社会福祉法人の事前開示事項」を作成し、又は記録した書面又は電磁的記録をその主たる事務所に備え置きます(社会福祉法施行規則第6条の4)。
- 吸収合併契約の内容
- 吸収合併存続社会福祉法人に関する事項(定款、監査報告等、後発事象)
- 吸収合併消滅社会福祉法人に関する事項(後発事業、貸借対照表)
- 債務の履行の見込み
- 評議員会の日の2週間前の日後の上記事項の変更内容
⑤ 評議員会の承認
(1) 評議員会の承認(吸収合併消滅社会福祉法人)
吸収合併消滅社会福祉法人は、評議員会の決議によって、吸収合併契約の承認を受けなければなりません。決議内容は議事録に記録を残すようにします(社会福祉法第 52 条)。
(2) 評議員会の承認(吸収合併存続社会福祉法人)
吸収合併存続社会福祉法人は、評議員会の決議によって、吸収合併契約の承認を受けなければなりません。なお、吸収合併消滅社会福祉法人から受け入れる債務の額が資産の額を超える場合には、理事は評議員会にてその旨を説明する必要があります。決議内容は議事録に記録を残すようにします(社会福祉法第 54 条の 2)。
⑥ 所轄庁の認可
(1) 所轄庁への申請
社会福祉法人が合併するには所轄庁の認可を受ける必要があります(社会福祉法第 50 条)。
吸収合併の認可を受けるには、吸収合併の理由を記載した申請書に下記の必要書類を添付して所轄庁に提出しなければなりません(社会福祉法施行規則第6条)。
- 合併認可申請書
- 合併理由書
- 評議員会で合併の承認をしたことを証する書面
- 存続する法人の定款
- 吸収合併消滅社会福祉法人の負債を証明する書類
- (合併後の)吸収合併存続社会福祉法人の財産目録
- (合併後の)吸収合併存続社会福祉法人の事業計画書および収支予算書(合併日に属する会計年度及び次会計年度)
- (合併後の)吸収合併存続社会福祉法人の評議員、役員となるべき者の履歴書および就任承諾書
- 評議員、役員になる者について、他に役員等になる者と婚姻関係または 3親等以内の親族関係にある者がいる場合等は、その氏名及びその者との続
柄を記載した書類
所轄庁は、吸収合併の申請があった場合には、当該申請に係る社会福祉法人の資産が要件に該当しているかどうか、その定款の内容及び設立手続きが法令の規定に違反していないかどうかを審査したうえで、当該合併の認可を決定しなければなりません(社会福祉法第32条)。
⑦ 債権者保護手続
(1) 貸借対照表の要旨の作成
社会福祉法施行規則第 6 条の 3 等で、公告や個別催告に必要となる計算書類に関する事項が規定されており、最終会計年度に係る貸借対照表の要旨を作成します。
(2) 公告の実施
債権者保護の観点から、債権者に対して合併について異議を述べる機会を設けることが必要です。社会福祉法第 53 条及び第 54 条の 3 では、合併認可を受けたときは、債権者に対して、異議がある場合は異議を述べるよう公告を行うことが義務付けられています。公告は官報によって行います。
公告、個別の催告にあたっては、次に掲げる事項を記載する必要があります。
- 吸収合併をする旨
- 吸収合併消滅社会福祉法人の名称及び住所
- 計算書類に関する事項
- 債権者が一定の期間内(2 か月もしくはそれ以上の期間とする必要があります)に異議を述べることができる旨
(3) 個別の債権者への催告書の送付
借り入れを行っている金融機関などの判明している債権者に対しては、合併認可後に催告書を送付し、異議がある場合は異議を述べるよう個別に知らせることが、社会福祉法第 53 条で義務付けられています。
社会福祉法人では、独立行政法人福祉医療機構から借り入れを行っていることが多いと想定されますが、独立行政法人福祉医療機構への手続きに際しては以下の資料の提出が必要となります。
- 催告書
- 合併理由書(任意様式)
- 合併認可申請書および認可書(写)
- 合併契約書(写)
- 合併前の各法人の法人登記簿謄本(写し可)
- 合併前の各法人の決算書(財産目録含む/直近1か年分)
- 合併後の法人の定款(案)
- 合併後の新役員名簿
定めた期間内に債権者が異議を述べなかった場合は、債権者は合併を承認したものとみなされます(社会福祉法第 53 条第2項、第 54 条の 3 第2項)。
債権者が合併に対して異議を述べた場合は、その債権者に対して債務を弁済する若しくは相当の担保の提供をするか、または信託会社などに相当の財産を信託します。ただし、合併を行ってもその債権者を害する恐れがない場合(合併を行っても財務上何ら支障がないことが明白な場合など)は必ずしも弁済や担保提供あるいは財産の信託を行う必要はありません(社会福祉法第 53 条、社会福祉法第 54 条の 3)。
社会福祉法第 53 条、第 54 条の 3 の規定に違反したとき(公告を怠り、又は不正の公告をしたとき)は、20 万円以下の過料に処せられます(社会福祉法第 133 条)。
⑧ 合併登記
(1) 合併による変更登記の申請
合併後存続する法人が登記申請するにあたっては、法人の主たる事務所の所在地を管轄する法務局の窓口等で行います。
吸収合併存続社会福祉法人が変更登記の申請を行う際に必要とする書類の例示としては以下のとおりです。
- 社会福祉法人合併による変更登記申請書
- 定款
- 合併契約書
- 評議員会の議事録
- 所轄庁の合併認可書
- 公告および催告をしたことを証する書面
- 異議を述べた債権者に対する弁済(担保提供・信託)証書
- 役員の選任を証する書面
- 理事長の就任承諾書
- 消滅法人の登記事項証明書
- 財産目録
- 代理人によって申請する場合は委任状
合併の登記申請は、合併の認可その他合併に必要な手続きが終了した日から、主たる事務所の所在地において、2 週間以内に行う必要があります。なお、期間内に登記の申請をしなかった場合は、20 万円以下の過料に処せられる罰則があります。
なお、合併に伴い、合併後存続する法人へ消滅する法人の土地、建物等の不動産の権利が引き継がれます。その際、第三者対抗要件を具備する観点から、不動産登記を実施することが望まれます。
(2) 合併による解散登記の申請
合併により消滅する法人の解散の登記の申請は、合併後の存続法人の代表すべき者が、合併後の存続の主たる事務所を管轄する登記所を経由して、合併の登記申請と同時に行います。
⑨ 事後開示
(1) 吸収合併存続社会福祉法人の事後開示事項
吸収合併存続社会福祉法人は、登記の後遅滞なく、吸収合併により承継した権利義務その他の厚生労働省令で定める事項「吸収合併存続社会福祉法人の事後開示事項」をその主たる事務所に備え置きます(社会福祉法第 54 条の4)。
吸収合併存続社会福祉法人の事後開示事項の内容は以下のとおりです(社会福祉法施行規則第6条の7)。
- 登記日
- 債権者保護手続きの経過
- 承継した重要な権利義務
- 事前開示事項(吸収合併契約の内容を除く)
- その他
⑩ 会計・税務処理
(1) 資産・負債の評価
消滅法人は、結合時の適正な帳簿価額を算定するための仮決算を行います、この仮決算では合併を前提とした会計処理は発生せず、通常と同様の決算手続を行います。
この際、過去の誤謬が発見された場合には、存続法人への引継ぎ前に修正し、適正な帳簿価額とした上で合併の会計処理を行います。
(2) 合併の会計処理
合併にあたっては、当該仮決算で算定した資産及び負債について、結合時の適正な帳簿価額を引き継ぎます。
社会福祉法人には、持分の概念がないため、合併対価が支払われることはなく、結合当事者の一方が他方の事業の支配を獲得することが想定されていません。したがって、会計上合併の経済的実態は「統合」と解釈され、結合時の適正な帳簿価額を引き継ぎます。
(3) 社会福祉充実計画
既存の社会福祉充実計画がある場合は、合併による事業環境の変化に伴い、社会福祉充実計画を変更する必要があるか検討します。検討の結果、社会福祉充実計画の変更が必要であると判断した場合は、所轄庁の承認又は届出が必要となります(社会福祉法第 55 条の 3)。
(4) 税務処理
合併契約により、承継する権利義務によって、税務処理は異なるため、税務署等への確認を行いながら処理を進める必要があります。また、合併により事業規模が拡大することで、消費税等の新たな課税義務が生じる可能性があることにも留意が必要です。
3.関係者等調整(職員や利用者等との調整)
⑪ 職員の処遇の検討及び説明
(1) 給与体系等の検討
吸収合併時には、労働条件はすべて従前のまま承継されることとなりますが、合併後には、職種ごとに基本給や各種手当(超過勤務、休日勤務、通勤費など)の水準や給与体系について検討する必要があります。
法人間での給与水準に隔たりがある場合では、大きな課題となる可能性があるため、労働条件等に大きな変更が生じないかに注意し、職員の希望に応じた選択肢を準備するなど、急激な変化を緩和し、柔軟な対応ができるようにすることが望まれます。
上記に加え、就業時間や休暇の設定などについても検討する必要があります。
(2) 合併後の職員の役職や配置の検討
事業に応じて、求められる役職数、職員の配置数について整理し、整合性を図ることが望まれます。
(3) 職員への説明
合併後の給与等の職員の処遇について、合併前に全職員に対して説明を行います。職員向け説明会を複数回開催したり、相談会を設けたりするなど、状況に応じてきめ細やかに対応を行うことが望まれます。
合併により雇用契約及び労働条件は承継されますが、合併後に労働条件が大きく変更になる場合や、職員にとって不利益となる変更を伴う場合では、変更内容や代替措置を含めて書面で説明し、職員の同意をとっておく必要があります。
労働組合が組織されている場合では、労働協約についても承継されることとなるため、労使合意について、確認することが必要となります。
(4) 就業規則の労働基準監督署への提出
吸収合併により、職員の労働条件等が変更になった場合は、管轄の労働基準監督署へ変更後の就業規則を届け出ます。
⑫ 利用者や利用者家族、地域への説明
(1) 利用者や利用者家族への合併の説明
合併によって消滅する法人の利用者については、経営主体が変更になるため、合併前に、利用者や利用者家族への説明を行います。
合併により、利用者契約は承継されますが、合併後にサービス内容や利用料金の変更が生じる場合には、あらかじめ十分に説明した上で利用者の同意のもと、利用契約の再締結の手続(例:高齢者施設における入所契約及び重要事項説明書等)を実施することが必要となります。
(2) 地域への合併の説明
合併の際に、地域への説明が必須ではありませんが、合併により地域におけるサービス内容に変更が生じるような場合では、地域の不安を解消するために、地域に対して説明会を実施することが望まれます。
4.合併後の法人内運営のための手続
⑬ 規程・システムなどの整備
合併後の法人内運営のために、下記のような項目の整備が必要となります。
- 各種規程・マニュアル類の整理・統合
- 委員会などの運営検討
- 各種システムの統合
- 預金通帳、契約書などの合併後の法人名への名義変更